BUNGEE JUMP FESTIVAL/不良少年マーリー

不良少年マーリー

不良少年マーリー

ハイラインを離れて自主レーベルからの第一弾シングル。これに関しては、以前書いたので、自分の文章を引用するという気持ち悪い手法を取ろうと思います。

僕が初めてバンジーのライブを見たのは、4年位前か。何かの雑誌の企画ツアーの名古屋公演。出演は、ヨーグルトプゥとソウルズベリーとブリーチとハイリミッツ、それにバンジー。やたらとタイトに刻むドラム、ブレイクやキメの度にジャンプするベース。そして、目を見開きながら叩きつけるようにギターを弾きつつ、更にはまだ足りないとでも言うように両手まで使って、何が何でも伝えよう、という意志に満ちたボーカル。その日やったどの曲も非常に良い出来で、まだ聴き始めだった僕は一気に気に入ってしまったんだけども、その中でも飛びぬけて印象に残っているのが、まだリリース半年以上も前だった、この曲、『不良少年マーリー』。その日、僕は体験した。恐らく声量が特別多くも無く、歌が別段うまいわけでもない。そんなボーカリゼーションは、テンションと思い入れだけで僕の背筋を凍りつかせた。以来、このバンドは僕にとって特別であり続けている。

パッケージになったこの曲は、そのライブを閉じ込めることに失敗している感はあるし、その後のライブでだって、同じ印象を持ったことは無い。けれども、やはり大事な一曲なのである。良くも悪くも、同じ曲を同じように演奏することのできないバンドなんだと思う。どの曲をどのライブで聴いたって、以前と今とでは全く込められている感情が違うように感じる。

この頃のライブを見ているバンジーファンにアンケートとか取ったとすれば、バンジーで一番好きな曲、という質問に、多くの人がこの「不良少年マーリー」と答えると思う。単純にメロディーとか演奏とかアレンジとか歌詞とか曲自体とか、そういう観点からすれば、他にいい曲はいくらでもある。矛盾だらけの歌詞も、シンプルに叩きつけるかのような粗い演奏も、だけどこの曲に限っては、これしかありえない。バンジージャンプフェスティバルってバンドは、結局、そういうバンドだってことだよなぁ。曲自体の出来不出来よりも、感情が、テンションが、思いが、衝動が。それが何より重要なファクターなんだ。「不良少年マーリーは、僕です」。インタビューで、そんな趣旨の発言を見たことがある。そう、だからこそ、この曲ってのは、何にも換えがたく輝く。いいよ、歌詞なんか見なくて。単純にこの曲を聴いて、単純に感じた何かを、バンジージャンプフェスティバルと呼んでやって欲しい。そう思います。